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東京地方裁判所 平成7年(合わ)190号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判確定の日から五年間その刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、平成七年四月一四日、東京都新宿区新宿二丁目一五番一三号第二中江ビル二階スナック「サリーサイド」において、A男及びB子が同店経営者V(当時三五歳)から金品を強取しようと企て、A男がVの顔面を手拳で殴打し、さらに足蹴にするなどの暴行を加えた際、A男及びB子と共謀の上、右暴行により反抗を抑圧されたVから、同人所有の現金約一一万円及びプラチナネックレス一本ほか約四八点(時価合計約四六万七〇〇〇円)を強取した。

(証拠の標目)〈省略〉

(強盗致傷罪の成立を認めなかった理由)

一  本件公訴事実は、被告人がA男及びB子と共謀の上、前記犯罪事実記載のとおり、Vに対し暴行を加え、その反抗を抑圧して金品を強取した際、右暴行により同人に全治二週間を要する頭部顔面外傷の傷害を負わせたというものである。そこで、当裁判所が強盗致傷罪ではなく強盗罪の限度で被告人の刑事責任を認めた理由を説明する。

二  関係各証拠によれば、本件犯行に至る経緯及び犯行状況の概要として、以下の事実が認められる。

1  A男及びB子は、本件犯行当時同棲しており、以前から二人でスナックの経営者に睡眠薬を飲ませて眠らせ、金品を盗取するという昏酔強盗を行っていたが、平成七年四月一三日にも、遊興費欲しさから、同様の昏酔強盗を計画し、B子が睡眠薬を用意した。また、B子は、遊び友達である被告人を犯行に誘うことをA男に提案し、電話で被告人を呼び出した。

2  被告人は、同日深夜、A男らと落ち合い、新宿二丁目のスナックで酒を飲んだが、その席上、B子から「薬飲ましてお金取っちゃおうよ。」などと昏酔強盗の計画を持ち掛けられて、これに同意した。なお、被告人とA男とは、この時が初対面であった。

3  被告人ら三名は、その後、数軒のスナックを見て歩き、客が少なく容易に犯行を実行できそうな店を探し、翌一四日午前五時三五分ころ、Vの経営する本件スナック「サリーサイド」に入り、カウンターに並んで腰掛けた。

被告人らは、間もなく他の客が帰ったことから、Vにビールを飲むように勧め、被告人の誕生祝いだなどと嘘を言っていわゆる一気飲みを何度もさせ、Vを酔わせるように仕向けた。そして、B子は、Vのすきをうかがってビールグラスに睡眠薬を入れ、これを同人に飲ませた。しかし、Vは、意識がもうろうとし始めたものの、眠り込むまでには至らなかった。

4  そこで、A男は、Vが眠り込むのを待ち切れず、同人に暴行を加えて気絶させた上、金品を奪取しようと考え、カウンターの中に入り、「この野郎、くたばらないのか。」と言って、同人の顔面を手拳で数回殴打し、更に一回足蹴にしたため、同人は頭部顔面外傷の傷害を負い、気絶した。この間、B子もVに向かって「ふざけんじゃあない。」などと罵声を飛ばし、被告人は傍らでこれを見ていた。

5  その後、A男及びB子は、Vのバッグの中から現金約一〇万円及びネックレスなどを奪い、被告人も、A男が金品強取の意図で暴行を加えていることを認識しながら、B子に促されて、カウンターの上に置いてあったコンパクトディスク十数枚と、引出しの中にあった現金数千円を奪った。

三  暴行脅迫を手段とする強盗の現場共謀の成否

1  以上のように、被告人とA男らとの間には昏酔強盗の共謀が事前に成立し、その実行行為にも着手していたと認められるものの、昏酔強盗とは手段方法が質的に異なっている暴行脅迫を手段とする強盗についての共謀が認められないのであれば、右暴行によって生じた致傷の結果について直ちに被告人に責任を負わせることはできない(なお、右傷害の結果を昏酔強盗の機会における傷害と解することもできない。)。そこで、まず、以上の事実関係を前提に、暴行脅迫を手段とする強盗の現場共謀の成否について検討する。

2  確かに、被告人は、前記のとおり、A男がVに暴行を加えた際、それが財物奪取の手段であることを認識しながら、これを制止せず、同人が気絶した後、A男らと共にVから財物を奪った事実が認められる。

しかし、被告人は、当初の段階では、飲食店経営者に睡眠薬を飲ませて眠らせた上で金品を取るという昏酔強盗の計画を持ち掛けられてそれに加わっただけであって、被害者が昏酔しない場合に暴行脅迫を加えてでも財物を強取するかどうかについての謀議まではなされておらず、また、その点を予測してもいなかった。しかも、A男は、被告人らに謀ることなく、いきなりVに暴行を加えているほか、被告人自身は、Vに対して何ら暴行脅迫を加えていない。その当時の心境について、被告人は、「まさか相手に怪我をさせるとは思わなかった。A男が暴行を加えるのを見てびっくりした。」などと供述しているが、被告人がその日に初めてA男らから昏酔強盗の計画を持ち掛けられてそれに加わった経緯や、A男が被告人に謀ることなくいきなりVに暴行を加えるに至った状況等に鑑みると、被告人の右供述もあながち虚偽とはいい切れない。

これらの事実からすれば、被告人は、A男がVに対して暴行を加え始めるまでの時点において、昏酔強盗の計画が暴行脅迫を手段とする強盗へと発展する可能性を認識していたとは認められず、また、A男が暴行を加えている時点においても、右暴行を認容してそれを自己の強盗の手段として利用しようとしたとまでは認められないので、被告人とA男らとの間に暴行脅迫を手段とする強盗についての意思連絡があったと認定することはできない。

3  以上のように、被告人にはA男らとの間で暴行脅迫を手段とする強盗の共謀が成立したとは認められないので、右共謀の存在を前提として強盗致傷罪の責任を負わせることはできない。

四  いわゆる承継的共同正犯の成否

1  被告人は、前記のとおり、A男が強盗の犯意をもってVに暴行を加えて傷害を負わせた後、A男の意図を認識しながら、同人らと共にVから財物を奪取しているので、この場合に被告人の負うべき責任の範囲について更に検討する。

2  先行行為者の犯罪に途中から共謀加担した者(後行行為者)の負うべき責任の範囲については、種々の議論があるが、強盗致傷の事案において、本件のように、先行行為者が専ら暴行を加え、被害者の反抗を抑圧し、右暴行により傷害を与えた後に、財物奪取を共同して行った後行行為者については、強盗罪の共同正犯としての責任を負うものの、強盗致傷罪の共同正犯としての責任までは負わないものと解するのが相当である。何故なら、後行行為者は、財物奪取行為に関与した時点で、先行行為者によるそれまでの行為とその意図を認識しているのみでなく、その結果である反抗抑圧状態を自己の犯罪遂行の手段としても積極的に利用して財物奪取行為に加担しているのであるから、個人責任の原則を考慮に入れても、先行行為者の行為も含めた強盗罪の共同正犯としての責任を負わせるべきものと考えられるが、反抗抑圧状態の利用を超えて、被害者の傷害の結果についてまで積極的に利用したとはいえないのにその責任を負わせることは、個人責任の原則に反するものと考えられるからである。

本件においても、財物奪取行為のみに関与した被告人については、強盗罪の共同正犯の責任は負うものの、強盗致傷罪の共同正犯の責任までは負わないものと解される。

3  したがって、被告人には、強盗致傷罪ではなく、強盗罪の限度で共同正犯が成立するにとどまるものと判断した。

(法令の適用)

一  罰条 平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下、改正前の刑法を単に「刑法」という。)六〇条、二三六条一項

二  酌量減軽 刑法六六条、七一条、六八条三号

三1  刑の執行猶予 刑法二五条一項

2  保護観察 刑法二五条の二第一項前段

四  訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

一  本件は、被告人が遊び友達らと共謀し、飲食店経営者に睡眠薬を飲ませて金品を取ろうとして被害者に睡眠薬入りのビールを飲ませたものの、同人が眠り込まなかったため、共犯者が被害者に暴行を加えてその反抗を抑圧し金品を強取しようとしたことから、被告人もこれに乗じて被害者所有の金品を強取したという事案である。被告人は金欲しさから共犯者らの誘いに安易に応じた上、本件犯行に及んだものであり、犯情は悪質で、被害金額も多額である。また、被告人は、本件犯行当時、風俗関係の仕事に従事するなど、生活態度も芳しくなかったものである。したがって、被告人の刑事責任は決して軽くない。

二  他方、本件犯行の主謀者は共犯者A男らであり、被告人は従属的な立場で本件犯行に加担したにすぎない。また、A男による暴行は、被告人が意図したものではなく、偶発的になされたものである上、被告人自身は暴行を加えてはいないし、暴行についての事前共謀も認められない。さらに、被告人が現実に取得した金品はそれほど多額ではない上、被告人と被害者との間で示談が成立し、父親の援助によって被害者に慰謝料として五〇万円が支払われているほか、今後も被害者に対し一五〇万円が支払われる予定であり、被害者も被告人が一日も早く更生することを望んでいる。その他、被告人は、本件犯行を素直に認め、深く反省していること、今後は正業に就きたいと供述し、更生の意欲が認められること、被告人には前科前歴がないこと、父親が被告人を監督していくと証言していることなど、被告人にとって有利な事情も多く認められる。

三  そこで、これらの事情のほか、これまでの被告人の行状、家庭環境、交友関係等を併せ考慮し、専門家による指導の下で更生の機会を与えることが適切であると判断し、主文のとおり量刑した。

(求刑 懲役五年)

(裁判長裁判官 池田修 裁判官 保坂栄治 裁判官 川田宏一)

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